投稿日: 2024年2月15日 18:00 | 更新:2024年2月16日17:12
「手術を極めたい」師との出会いが原点に
脳血管の一部がこぶのように膨らむ脳動脈瘤は、破裂するとくも膜下出血を生じ、死に至る場合もある危険な疾患。この脳動脈瘤の手術の名手として、数々の難症例を治療し、国際的にも注目されているのが谷川緑野医師だ。
「脳神経外科で重要なことは、医師の『ハート』だと考えています。困難から逃げず、患者のためにベストを尽くすという心の姿勢。そうしたハートは、技術にも当然表れます」
そう語る谷川医師の原点には、師となるもう一人の「名医」がいた。
旭川医科大学に入学し、講義や実習を経験する中で、脳神経外科の面白さに目覚めたという谷川医師。同大学病院で研修医として働く中、一人の医師の名前を耳にした。
「すごい先生がいる、という話は聞いていました。しかし、実際の印象は想像をはるかに超えていた。その手術を一目見て『これこそ自分が追い求めてきたものだ』と確信しました」
その人こそ、「匠の手」とも称される脳神経外科の名医、上山博康医師だった。谷川医師は、上山医師に師事するため、旭川赤十字病院へ移る。「脳外科医として、手術を極めたい」という強固な思いを胸に、昼夜を分かたず指導を受けた。
「およそ一回り年上の上山先生と研修医の私とでは、仕事のレベルは雲泥の差です。『これまで学んできたことは全て忘れろ』と言われ、上山先生のやり方を一から覚えるようにしました」
上山医師の手術には、二つの特長があった。一つは、顕微鏡の倍率を常に強拡大まで上げていること。より詳細な術野が得られるため、手術の正確性を高められる。簡単なようだが、強拡大の下ではわずかな指先の震えも視界を大きく遮るため、実際に行うには相当な訓練が求められる。
もう一つの特長は、止血の徹底だ。より明瞭な術野の確保が目的で、これも手術の正確性につながる。いずれの特長にも、手術の質を上げるためなら、努力(訓練)も手間(止血)も惜しまないという上山医師のハートが表れている。
「上山先生の下で2年間の研修を終えた後は、市立札幌病院に移り、最終的に網走脳神経外科・リハビリテーション病院で働くようになりました」
一発必中の精神で腕を磨いた網走時代
「手術を極める」という意味では、網走の環境は厳しいものだった。一般論として、手術の技術向上には相応の経験が求められる。しかし、人口の少ない網走では、手術間のインターバルが2~3カ月にわたることも珍しくなかった。
「上山先生も『谷川君は網走で頑張っているが、症例数が少ない環境で技術を高めるのはかなり難しいだろう』と心配されていたそうです」
だが、この網走時代こそ、谷川医師がその腕を磨き、名医として知られるようになった時期でもある。その背景には、やはり「困難から逃げず、患者のためにベストを尽くす」というハートがあった。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとは言いますが、それでは患者さんが困ります。網走時代に心がけたのは『一発必中』で、一例一例の手術に全力を尽くしました」
術後は、何度も手術ビデオを見返して問題点を洗い出し、ひたすら研鑽を積んだ。
「後継者は君だ」 そして禎心会へ
谷川医師なら、難症例の手術にも対応できる――。いつしか、国内外を問わず手術依頼が寄せられるようになった。巨大脳動脈瘤や頭蓋底の手術など、一歩間違えれば脳内を傷つけてしまうような難手術も引き受け、良好な成績を残していく。
「そんな中で、上山先生から『私の後継者は君だ。旭川赤十字病院を定年退職したら、一緒に仕事をしよう』とのお誘いをいただきました。2012年からは、上山先生と共に札幌禎心会病院へ移り、後進の育成にも努めています」
若い医師たちに学んでもらいたいものは、やはりハートだという。
「外科医であれば、基本的に手術はやりたいものです。しかし、ひとたび術中にトラブルが起きれば、それどころではありません。『患者さんを死なせてしまうのでは』という恐怖に負けず、12時間を超えるような難手術にも粘り強く対応するためには、小手先の技術や知識は役に立ちません」
医師としてのハートが問われる時こそ、「何も考えるな」「目の前の患者さんを助けることだけに集中しろ」。上山医師は、そう教えたという。
「幸いなことに、どこに出しても恥ずかしくないと言えるような弟子たちも育ちました。弟子が弟子を教える屋根瓦方式で、『卒業生』は全国に羽ばたいています。自分や家族が脳動脈瘤になったら、迷わず札幌禎心会病院を受診しますね。上山先生と私のハートを受け継いだ、誰よりも信頼する弟子たちがいるからです」
上山医師からハートのバトンを託されて、研修医時代より約25年。谷川医師の活躍は続いている。
※『名医のいる病院2021』(2020年12月発行)から転載
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