【がん検査・治療のいま】日々進化する重粒子線治療のいま

日々進化する重粒子線治療のいま

日本が世界を牽引、根治を目指せる医療技術
 外科手術、化学療法と並ぶ、がん治療の3本柱の1つ、放射線治療はがん細胞の “弱点 ”を突いた医療技術だ。通常、細胞は放射線が当たると細胞核にある DNAが損傷する。なかでも、がん細胞はダメージを受けた自身のDNAを修復するシステムを上手く機能できない。正常細胞に比べ、放射線の影響を受けやすい特性がある。
 放射線治療の 1つ、重粒子線治療は1994年、日本が世界に先駆けて専用装置の稼働に成功。以来、日本の主導で開発、研究が進められてきた。限局性のがん細胞のみを狙い撃つ、根治が目指せる新たな治療法として、日本が世界を牽引する医療技術だ。
 2015年、神奈川県立がんセンターは国内で5番目の重粒子線がん治療施設「i-ROCK(アイロック)」を開設。以来、世界初の専門病院併設型の重粒子線治療施設として日々、治療に取り組んでいる。同センター総長の古瀬純司医師は重粒子線治療をこう説明する。
病巣でエネルギーが頂点になるブラッグピーク
 「重粒子線治療は線量の集中性が高いのが特徴です。病巣の周囲にある臓器への影響を少なくできるメリットがあります。剥離や切除など外科手術の執刀もなく、痛みも皆無。患者さんの身体に優しく、生活の質を重視しながら根治を目指せます。総じて患者さんへの負担を極力抑えた治療ともいえるのです」
 従来の放射線との大きな違いは、その“攻撃能力”だ。エックス線やガンマ線は体外から病巣へ照射されると、体の表面近くで放射線量が最大になる特性がある。このピークを迎えた放射線はだんだん減少。深部の病巣に対して、大きなダメージを与えられないケースもあった。
 「一方、重粒子線は照射した放射線の線量が体の表面では低いのですが、がんの病巣に達すると頂点を迎えるブラッグピークという特性があります。重粒子線治療はこの働きを利用して腫瘍にピークを設定。高い放射線量を集中的に照射するのです。病変部周辺の正常組織、特に胃腸などの放射線の感受性の高い臓器を避けて照射できます。術後の機能障害が起こりにくい治療なのです」
膵がんなど難治性が高い腫瘍にも治療効果
 陽子などの原子核が加速してできる粒子線のうち、重粒子線として治療で用いる炭素イオンは陽子に比べて約12倍の質量がある。エックス線や陽子線などに比べて、粒子が重く、がんの殺傷能力が極めて高い。これまで「治療するのが難しい」とされた胃や腸、前立腺、肝臓、膵臓などに発症する腺がん、骨や脂肪、筋肉、神経などの軟部組織に浸潤する肉腫といった、放射線への抵抗性が強いがんにも効果が期待できる。特に難治性が極めて高い膵臓がんにも、周囲の胃や十二指腸などの重要な臓器への影響を少なくできるため、その治療効果が注目されている。

 「加速する粒子が重いほど、作り出される粒子線の破壊力は大きくなります。重たい粒子ほど電離密度が高くなり、腫瘍を損傷する程度が高くなるからです。その威力はこれまでの放射線治療の2~3倍といわれています。従来からあるエックス線の威力がピストルだとすれば、重粒子線はバズーカ砲並みの破壊力を持つといっても過言ではありません」
 重粒子線治療は放射線治療後の再発にも適応できるのが特徴だ。エックス線で治療した後、再発した場合、同じ部位への放射線治療は困難とされている。しかし、重粒子線治療は一定の条件が合えば、再発に加療できる。
シンクロトロン(加速器室)
シンクロトロン(加速器室)。炭素イオンを光の速さの70%まで加速させたビームを各治療室に送り、体内のがん細胞に照射する。
病巣への照射量を多くして治療期間を短縮
 「治療期間を短くできるのもメリットといえるでしょう。重粒子線治療は正常組織への影響が少ないため、エックス線やガンマ線に比べ、1回の病巣への照射線量を増やすことができます。これにより、治療の回数が減り、期間を短くできるのです」
 例えば、肝がんの場合、従来の放射線治療では照射回数が10~12回だが、重粒子線治療は2~4回。前立腺がんは 35~40回だったのに対し、12回に短縮。25~30回だった胃がんは8~12回、30~40回だった頭頸部・骨軟部腫瘍は16回にまで激減できるのだ。
 「実際の重粒子線治療では正確に照射するため、治療前に患者さんに合った治療方針をしっかり検討し、固定具の作成や治療計画の作成のためCT撮影をし、治療に臨んでもらいます」
 古瀬総長は重粒子線治療の有効性を認めると同時に、患者側にもっと知ってもらうことがあると前置きし、言及する。
 「重粒子線治療がその方にとって、適切な治療なのかどうかを見極める必要があります。薬物療法や手術療法なども含めた治療法もあり、仮に適さない場合でも、それ以外の治療も選択できます。各都道府県にはがん診療連携拠点病院があります。そこにある相談支援センターで、ぜひ、有益な情報を得てほしいですね」
古瀬総長
「重粒子線治療がその方にとって適切なのか見極める必要がある」と語る古瀬総長
※『名医のいる病院2024 がん治療編』(2023年12月26日発売)から転載
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