投稿日: 2024年2月10日 20:00 | 更新:2024年3月6日17:13
わが国がん治療のトップランナーである国立がん研究センター。巻頭特集には同センター中央病院病院長の島田和明医師と同じく肝胆膵外科医長の伴大輔医師にご参加いただき、「肝胆膵がんと腹腔鏡手術」をめぐって大いに語っていただいた。
かつては困難だった肝胆膵外科手術も安全に行うことができるようになった
―肝胆膵(かんたんすい) がんの難しさと、その理由を教えて下さい。
伴 肝臓・胆道・膵臓の外科治療は、それぞれに難しさは異なります。一概にはいえないのですが、難治性がんが多いということが挙げられます。肝臓にできるがんの種類や状態によって、外科切除だけでなく、ラジオ波焼灼、薬物療法、放射線治療などの方法があるなかで、最も適した方法を選択しなければなりません。
膵がんは外科治療だけではなく、抗がん剤治療と組み合わせることによって、治療成績は大きく改善されました。「難しい」理由をひとことでは説明しにくいですが、がんそのものの悪性度が高いことと、臓器として手術が難しいので高度な技術が求められることです。
島田 当院の肝胆膵外科は肝切除を本邦ではじめて手がけた伝統ある診療科です。多くの素晴らしい先生方の業績が集積されています。
30年前までは手術自体が危険なもので、朝から晩まで、また夜中も出血が止まらないという手術もありました。昔は難しいケースがあたり前でしたが、いまは時間や出血など見通しを立てて手術できるようになりました。私たちは「できるだけ短時間で、できるだけ出血を少なく」を心がけています。ただ、だからといって、肝胆膵領域の手術が簡単になったわけではありません。
―先生が肝臓手術で大事にされていることはなんですか。
伴 肝臓手術は肝臓を切った分だけ、ある程度再生はしますが、肝機能は失われます。切除した後に患者さんが元気で生活していただくためには術前の計画が重要です。患者さん各々で肝臓の腫瘍の場所、血管解剖は違いますので、一つとして同じ手術はありません。
その人に合った手術を選択することが重要です。術前になるべく出血が少ない切除ラインなどをシミュレーションします。手術中は冷静に手順を踏んで正確に進めることを心がけています。
―肝臓は血管が入り組んでいます。だから大変な出血が起こりうるのでしょうか。
島田 そうですね。肝臓でも膵臓、胆道でも、まずは臓器の構造と腫瘍との関係をしっかりと把握してシミュレーションすることが大事です。今は手術前の画像診断がとても優れていますから、手術前に頭の中で細かくシミュレーションすることが可能になりました。この場合は、こうするという、頭の中でイメージができるかどうかが医師にとって必要な資質の一つかと思います。
伴先生が得意な腹腔鏡の手術も同じです。予想外に癒着がひどかったり、出血が多かったりしても、しっかりとシミュレーションしておけば、あわてずに対処することができます。そういう意味では手術前の準備が重要です。
腹腔鏡技術が進歩し肝胆膵がんの切除ができるようになった
―手術を決める際、開腹か腹腔鏡で迷うことはあるのですか。
伴 あまり迷わないですね。年々進歩していますので、腹腔鏡で行える範囲が拡大はしていますが、現在の立ち位置を謙虚に認識するようにしています。肝臓の場合、右側を取る、左側を取るといった定型的な決まった術式は腹腔鏡で行います。ただ、腫瘍が下大静脈に浸潤している、血管の中に入り込んでいるといった症例は腹腔鏡では難しい。これらの場合は開腹で行った方が質の高い手術ができます。
島田 開腹の手術は血管や胆管の構造に対し、精密な処理ができます。腹腔鏡下手術でもだんだん技術が向上してきましたので、そうした制限は少なくなりました。
特に肝胆膵がんの領域でも腹腔鏡手術は年々急速に進歩しています。以前は腹腔鏡で肝臓の右側の半分を切除する、大きな腫瘍左側を切除するなんてことは考えられませんでした。せいぜい数センチメートルの腫瘍を部分的に切除することしかできなかったのですが、ここ10年ほどで、患部のほとんどの場所を切除することができるようになりました。
―腹腔鏡というと視野を確保するのが難しかったり、出血を止めるのに苦労したりというイメージがありますが。
伴 出血しないように慎重に行う必要がありますが、視野としてはむしろよく見えると思います。腹腔鏡のカメラは拡大する効果があるので、細い血管や小さい病変も、しっかりと見えます。実際、裸眼よりも、よく見えます。肝臓は血の塊のような臓器で、メスを入れれば出血します。肝臓に流入する血管は肝動脈などを遮断することで、ある程度制御することができるのですが、静脈は遮断することができないので、バックフローで出血してしまいます。ですので、動脈、静脈の両面で対処しなければなりません。
開腹手術ですと、出血点を手でおさえたりしながら肝切除を進めるのですが、腹腔鏡下手術は、お腹を二酸化炭素で膨らまして、その圧力で静脈からの出血も、ほとんどなくなります。
血管がしっかり見える状態で手術をしていくと、肝臓の中にどんどん入っていけます。このあたりは本当に腹腔鏡下肝切除のよいところだと思います。ただし、切離ラインが複雑に曲がっている場合などは腹腔鏡より開腹手術の方が適しています。腹腔鏡の器具は曲がらないので、直線的・平面的な離断ラインの方が向いています。開腹であれば臓器をひねったり、持ち上げたりすることもできますから、それは開腹の強みだといえます。
―血液の流れを止めてしまっても大丈夫なのですか。
伴 肝臓に入っていく血流を15分遮断し出血を防ぎ、その後、肝機能を回復するために5分流すという方法で行っていますので、特に問題はありません。血流を止めている間に肝切除を進め、再開通している間は待機、5分後に再開するわけです。これは一般的に肝臓外科で行われている方法です。
島田 以前は開腹の際、血圧を下げて出血を抑えていたのですが、気腹圧によって出血を少なくすることができるようになりました。
伴先生の世代はハイブリットで、開腹、腹腔鏡の手術の経験を積んでおり、腹腔鏡手術も併用しながら、それぞれの技術を高めています。腹腔鏡をメインにして取り組むとしても、さきほど伴先生が述べたように、腹腔鏡だけでは対応しきれない症例があります。開腹手術の経験がなければ、いざというときに対応できません。
ですから、肝胆膵がんの外科手術に関しては開腹、腹腔鏡のどちらにも対応できる人材を、これからも育てていきたいと考えています。両立は非常に難しい問題ですが、症例数の多い専門病院が負うべき使命ではないでしょうか。
膵臓がん、胆道がんは内科との連携が大事
―膵臓がん、胆道がんについても伺いたいと思います。
島田 最近では肝胆膵外科で最も多く扱うのが膵臓がんで、年間150例ほどあります。肝臓がんにはRFA(ラジオ波焼灼療法)やTAE(動脈塞栓術)、開腹、腹腔鏡などの治療の住み分けができています。膵臓がんは手術だけで根治することは困難です。抗がん剤を投与したり、再発し抗がん剤で対応したりする症例も多く、内科との連携が非常に大事です。
胆道がんには胆のうがん、中下部胆管がん、肝内胆管がんなども含まれます。予後のいい症例もあるのですが、膵臓と同様、難治がんです。手術前に抗がん剤を投与し、がんの進行を抑えて手術するといったことが今、臨床研究で行われています。周術期の抗がん治療は臨床治験で科学的に有効性を検証し、新たな標準治療として確立することが重要です。
肝胆膵領域を、どのようにして低侵襲にしていくかが課題
―これから肝胆膵外科、さらに、がん治療そのものをどのような方向へ持っていくのかをお聞かせ願えますか。
伴 高侵襲の代名詞でもあった肝胆膵外科治療領域を、どのようにして低侵襲にしていくかが一つの課題です。切除したとしても残念ながら再発することがありますので、1回でも大変なのに、2回目、3回目と手術があることがあります。
ですので、その1回の手術をいかに低侵襲に行えるかが大切です。また手術後に抗がん剤治療が必要になることもありますので、低侵襲手術のほうが体力が温存され、抗がん剤治療にも耐えやすくなります。腹腔鏡手術はただ単にキズが小さいということだけでなく、低侵襲であることは治療全体にとって大きなメリットがあります。
肝切除は全国集計で全国平均は開腹手術7に対して腹腔鏡3程度。これを当センターでは3対7くらいに持っていきたい。膵臓の右側(膵頭部)の低悪性腫瘍に対しては腹腔鏡下膵頭十二指腸切除を導入しました。今度はロボット支援手術が一般的になってくると思います。
島田 がん研究センターの使命として、他ではできない高難度の手術をリード・指導していくことが求められています。伴先生には術式・機器の開発を行い、新たな低侵襲手術を患者さんのために広めてもらいたいと思います。
伴 開腹手術と腹腔鏡手術の両輪が大事です。腹腔鏡手術は患者さんへの負担を減らす意味でも素晴らしい手法ですが、がん治療と腹腔鏡推進がイコールということではありません。むしろ集学的治療の一環として位置づけることも重要だと思います。がんを治す、あるいは進行を抑制するのが一番の目的です。ともすると低侵襲を目的と勘違いして、高い技術力を誇る傾向があるかもしれませんが、それは間違っています。
島田 そうですね。手術療法の限界を認識し、薬物や放射線治療を併用した、集学的治療の開発に努めたいと思っています。中央病院では若い外科医のアイデアを発掘し、新規医療技術の開発に努めるとともに、先進技術を活用した未来型低侵襲治療開発プロジェクトを立ち上げました。
内視鏡、IVR、高精度放射線治療、低侵襲外科手術の開発を、病院をあげてサポートしていきたいと考えています。
※『名医のいる病院2022』(2021年11月発行)から転載
※【ARCHIVE】とは、好評を博した過去の書籍記事を配信するものです
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