投稿日: 2024年2月11日 20:00 | 更新:2024年2月16日17:15
病院長の風格をまといつつも、笑みを携えて登場し、本誌インタビューに快く応じてくれた畑正樹先生。病院長職を務めながらも、心臓外科医として実績を積み重ねている。そこで、心筋梗塞や狭心症などの心疾患の低侵襲手術について大いに語っていただき、さらに、病院長として、他科とのチーム医療連携の重要性や、これからの望まれる医師像など、さまざまなお話をうかがいました。
厚生イズムが作り出す柔軟で自由な診療体制
―心臓血管外科と循環器内科の連携は日常ですか。
今では全国どこの病院でも内科と外科による循環器疾患治療の共同作業を行っており、それを「ハートチーム」といいます。当院では昔から実行しています。週1回の合同カンファレンスは普通ですが、当院は廊下ですれ違ったときや医局にいるときでも垣根なく話し合っています。「毎日がカンファレンス」です
―垣根のない自由な風潮は、どのようにしてできあがったのですか。
理事長の目黒泰一郎先生が作った「選択と集中」「分担と連携」をキーワードに掲げて病院改革に努めています。循環器系であれば循環器内科と心臓血管外科、消化器系であれば消化器内科と消化器外科、呼吸器系であれば呼吸器内科と呼吸器外科と、双方からアプローチすることで厚みのある診療を実現しています。カテーテル治療は内科中心ですが、立ち上げや症例検証は外科も加わり、協力し合って行います。
治療後の生活を見据えた低侵襲手術
―心筋梗塞の患者さんに対して、どのような手術を。
基本、低侵襲のカテーテル治療を行います。ただし、カテーテルが適さない患者さんもいるのでその場合は、冠動脈バイパス手術を実施します。当院では年間約100症例をコンスタントに行っています。人工心肺(ポンプ)を使いつつ、心臓は止めないやり方で「ミニポンプ心拍動下バイパス手術」と自分たちで呼んでいます。心臓を止めるクラシックな手術と、人工心肺を使わないオフポンプ手術の中間の術式です。経皮的冠動脈インターベンション(PCI)でなく、外科に手術が回ってくるのであれば、バイパス本数を多くつないでより安全性を高めます。僕らの手術実績ではポンプを使っても不利益はありません。「オフポンプ(人工心肺を使わない)=低侵襲」という図式はありますが、ポンプを使って安定した成績を出すことが、結果的に低侵襲につながるのだと思います。
―心疾患治療で印象に残っているエピソードがあれば。
2018年、世界一周船旅中の中国系米国人でご高齢の男性が、仙台沖で心筋梗塞を起こし、当院に運ばれてきました。診察すると、大動脈弁の狭窄も併発していました。まず僕が冠動脈バイパス手術で心筋梗塞の治療を行い、続けて循環器内科の多田憲生先生がTAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)で大動脈弁狭窄の治療をしました。
その男性はシリコンバレーに住む工学博士というインテリで「同日に2つの治療を行うメリット・デメリットを教えてください」と理詰めで質問をしてきました。
そこで、多田先生と一緒に術式を選んだ根拠について説明。同日に2つの治療を行うのは患者さんにとって大きな負担です。ただし「間隔を空けて行う」のと「同日に行う」ことを天秤にかけると、同日のほうがベターという結論ですと。合計5時間くらいの手術で、患者さんは3週間程入院して帰国されました。
その後、「ありがとう。日本で病気になってよかった」とメールでお礼の返事が届きました。
―弁膜症の治療として行っている右小開胸による低侵襲手術「弁形成術」についてお聞かせください。
弁膜症は主に大動脈弁と僧帽弁が機能しなくなる疾患です。弁形成術は僧帽弁の手術で、40~50代と若い世代に多いのが特徴。弁形成術は壊れている弁の一部を切開し、縫合するなど修復して機能不全を改善する方法です。金属で作った人工弁などを植え込む弁置換術の場合、弁の中で凝固が起こり脳梗塞などの合併症を起こすリスクがあります。ご自身の組織で治す弁形成術であれば、リスクも少なく、術後の生存率も良好な結果が出ています。弁形成術では特に循環器内科のエコーの専門医との連携が重要。専門医によるエコー検査では弁そのものが三次元の模型として動く様子まで確認できます。
現段階では10年後を見据えて手術を優先していますが、心臓が弱っていて手術が難しい場合にはマイトラクリップ(経皮的僧帽弁クリップ術)を選択します。例えば、高齢者で80歳代以上の場合、弁形成術で治せば20年持ちます。しかし、80歳くらいからは侵襲のさらに少ないカテーテルで治し、より快適な時間を過ごしてもらうほうが良いのではと思います。そこまで考えた上での低侵襲治療を選択しています。
「運鈍根」「鬼手仏心」で術前のルーティン
―ご自身をどんな医師だと思いますか。
僕は自分の立ち位置をハイエンドユーザーだと思っています。つまりパイオニア(先駆者)ではないけれども、完成された安全性の高い術式を取り入れ、最高品質の手術を提供したいと考えています。
―手術前などに心がけていることはありますか。
東北大学時代の恩師・田林晄一先生の教授室に貼ってあったのが「鬼手仏心」という言葉です。医師というのは鬼手(手術がうまくなくてはいけない)と仏心(相手は人間だから慈悲の心が大切)、その両方が必要だと解釈しています。40歳で部長職になり、自分を奮い立たせるために、部長室の壁にメモを40枚くらい貼っていました。手術前は誰でも不安になります。手術が始まってしまうと、戻ることはできないし、終わるまでどこにもいけません。手術に入る前にメモを全部読んで、体に叩き込んでからいくと、自分の心も落ち着いていい手術ができます。
―ある種のシミュレーションを行うことで手術中のトラブルにも冷静に対応できるようになるのでしょうか。
トラブルが起こるうちはまだまだです。手術数を重ね、繰り返していくと、難しい手術でも、パターンに落とし込めるようになるのです。
―難症例に立ち向かう外科医としての資質とは……。
一気に手術に入り込める「熱さ」と、ある時点からは俯瞰的に物事を見ることのできる「冷静さ」の両方が必要だと思います。カテーテル治療など技術の進歩で、手術の選択肢も広がってきていますから、内科とも協力し、治療を行うコミュニケーション能力も必要だと思います。
―若い医師に向けてメッセージがあればお願いします。
外科は結果至上主義、手技第一という側面もありますが、医学的知識という土台の上に技術を磨くことが大切だと思います。また、自分自身が40代のときに学んだのですが、患者さんが医師を作っていくということを理解して欲しいです。
―2024年、移転する仙台厚生病院について。
仙台厚生病院は「選択と集中」という診療方針に象徴されるように、診療科目を厳選することで実績を積み重ねてきました。患者さんが喜ぶ治療を追求し続けた結果、経営においても好循環を生みだし、精力的に投資を行っています。働きやすい職場環境作り、ハイブリッド手術室の増設、時間365日救急受け入れ、そして2024年には新築移転します。「医療は社会システムの一つ」ですから、そこを含めて地域に貢献していきたいと考えています。
※『名医のいる病院2022』(2021年10月発行)から転載
※【ARCHIVE】とは、好評を博した過去の書籍記事を配信するものです
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