【名医からのメッセージ~トップランナーが語る半生】001 中山 若樹(脳神経外科)第6回

【名医からのメッセージ~トップランナーが語る半生】001 中山 若樹(脳神経外科)第6回

各領域のプロフェッショナルである「名医」へ、その生い立ち、医師になったきっかけ、実績、そして未来へのメッセージをインタビュー。 
 
一般生活者へ最新医療を啓蒙、医師へのメンタルブロック解消により病院や医師選びの選択肢の拡大を実現し、個々にとっての最適な医療の受診につなげることを目的にしています。
1人目は脳動脈瘤や脳動静脈奇形などの脳血管障害におけるプロフェッショナル 中山若樹先生(柏葉脳神経外科病院 常務理事・副院長/高度脳血管病センター長)です。
8回にわたるシリーズの6回目は「私の現在位置と未来について(中編)」になります。

第6回:“見て学ぶ” から “文学”、そして “科学” へ~AR, VR, AI
「手術は科学」の実現を目指してAR、AIを活用
—AR(拡張現実)、VR(仮想現実)の活用について教えてください。
ARとVRは別に僕が開発したわけでもないし、もはや製品化されてるので、 どういうものか、どのように手術の発展に活用できるかについてご紹介しますね。
たとえば、手術では色々と骨を削るんですよね。ここに挙げるシーンで削る骨っていうのは、本当に爪の先よりちっちゃいぐらいの骨なんですけど。でも、骨の向こうって、見えないじゃないですか。その骨の向こうには神経とか動脈があって、それを傷つけずに完璧に骨を除去しなければならない。手術を研鑽中の若手医師にはそこが難しい。そこで役立つのがARなんです。
AR:拡張現実
画面右側の黄線が投影された視神経、赤線が動脈
術前の患者さんの画像を3次元化して手術顕微鏡の視野の中に投影して、自分の顕微鏡のフォーカスが合ってる平面から一定の深さのものだけがここに現れるような、そういう仕組みなんですね。
慣れてるドクターは、 骨の形や周囲の構造を見て、経験でここを削ったらもうこの奥はこうなってるって感覚がわかるんです。でも若手がそれを習得するにはたくさんの経験が必要になります。僕らだって上の先輩の手術を散々見て、自分でもやたら時間をかけながら、試行錯誤しながらやって、件数を重ねて慣れていくわけですね。
今は何の迷いもなく安全にごく短時間でできるわけですけど、それには相当な経験を積み重ねなければならなかったわけです。
でもこれからの時代、そういうわけにはいかないんですよね。血管内治療はどんどん増えていきますから、これからの若手は少ない経験数でいきなりできなきゃダメなんです。 2回目だけどもうできるっていう、そういう風でないと次の世代に継承できないんで。
そうするとなかなか従来のようにたくさんの手術を一緒にしたりだとか、 自分での経験を積み重ねることはできないので、初めてやる時にはもう全部分かってるっていう風にしないと次が育てられないんです。
それがこういうものがあると、口で説明しきれないものを、若手たちはリアルに確実に理解していくことができる。若手たちが自分でやるときも、安心して作業できる道案内になる。かなり習得の効率化になると思っています。
一方でこのAR、役にたつのは教育だけではありません。例えば脳腫瘍とか脳動静脈奇形とか、 脳の組織の中に埋もれてるものを探し当てるっていうか、剥がさなきゃいけないような手術の場合には、これがあると脳がそのまま透けて見えるわけですね。
要するに、エキスパートにとっても助かるシステムで、便利なツールにもなるし、後進の育成にとっても武器になるっていうのがこのARなんですよね。
VRはまさにゴーグルをつけてますけれど、こうやって患者さんの頭の中に自分が入っていく感じ。 ミクロの決死圏、そういう世界ですね。
VR(virtual reality)
VR(virtual reality)
こういういろんな医用画像を外から見て分かることには実はまだまだ限界があって、この患者さんの頭の中に入って、ぐるぐる見回すともう見えてくる物事ってあるんで、 これも手術前のそのイメージ作りっていうのにすごく役立っています。
—つぎにAIについてお聞かせください
上山先生時代から受け継いできたもの、いわゆる「上山式」って呼ばれる手術の作法は、そもそも論理的で、上山先生はそれをポイントポイントで的確な語彙で表現してださるんですけど、でもとにかく厳しい世界ですから、タイガーマスクが虎の穴に入って修行するっていうあの世界ですね、ですから、自分の目で見て学ぶ、経験して叱られて学ぶ、という要素はどうしても必要でした。
その見て覚える、体で覚える、という時代から石川先生と一緒にやったのは「言葉にしよう、手術は文学」が合言葉だったんです。効率的に手術を伝承するためには、一挙手一投足をつぶさに言葉で表現する、ひとつひとつの手術をあたかも物語のように語ることが必要なんです。石川先生はそうやって丁寧に僕に教えてくれました。そして僕自身も、言葉にして手術を表現しようとすることで、自分自身の勉強にもなっていたと思うんです。
そんなふうに、長年、言葉にすることを目指して、一生懸命やっていたんだけど、でもやっぱり言葉っていうか文学にも限界があるんですね。だから、いわゆる技術的なものっていうのを最後は科学にできたらいいなと思っていました。滑らかな動き・ぎくしゃくした動き、しなやか・無骨、丁寧・がさつ、効率的・無駄、それらの違いって、何なんでしょうか。
若手たちの指導にあたって、動き方が雑だなとか、 乱暴だぞとか、目指してるのは舞うような滑らかな動きだとか、しっとりと動けとか、アドバイスすることってありますよね。
茶道でも日本舞踊でもこういう言葉で表現する事ってあると思うんですよ。
これを科学的に示すことができたらいいなと。顕微鏡下での動きを、科学的に解析して違いを論理的に示す。あるいは、動き方だけでなく、道具のあてかた、その角度や力のかけかたなど、効率的なものもあれば非効率的なものもあるわけです。なかなかそれを科学的に示すことはできないんです。でも、できるはずだと思っていて、そこで松澤先生との繋がりになります。
僕と松澤先生は北大と新潟と違う場所でずっと長年過ごしてるんですけれど、元々留学した時にすごくお世話になってる繋がりもあって、時々お会いしてお話をしていていて、その中で、僕がまだ北大にいるときに、松澤先生がAIをやっているとお聞きして、AIでモーションキャプチャー的なことができそうだ、みたいなことをおっしゃってたんですよ。ぜひやっていただきたいとお願いして、そしてそれがいまや実現したわけです。
モーションキャプチャー
モーションキャプチャー
モーションキャプチャーって、よくスポーツや動物の行動解析とかで、体にマークをつけてビデオにとって、動き方を解析するのがありますよね。でも手術顕微鏡の世界って1ミリ単位の血管を縫うような動作です。そこにマークなんて貼れないわけですよね。
なんですが、Deep Learningのプログラムを使って、AIが映像を覚えて、要するに関節はここって、マウスの手の関節をコンピューターがキャッチすることが可能となって。
この発想で松澤先生がプログラムを書いて、とうとう顕微鏡下でのピンセットの動きを追跡することに成功したんです。
例えば、このバイパスの手術、松澤先生の作ったAIに学習させて、ピンセットの先っぽはこれだということを教えるんです。教えると覚えるようになるので、 そうするとこれは全くAIに見せたことのない初めてのビデオを見せても追跡してくれるのです。これって、ピンセットをビデオから追っかけるんです。
そうすると、こうやって絵描いてくれるわけですね。普通30フレームパーセカンド、1秒間当たり30個まであるわけです。その時間解像度でこのポイントがいっぱいデータが出てくるわけです。 で、こういう風にデータがざっと出てきて、経時的なその数値っていうのを解析できるわけですよ。
左側がピンセットの追跡画面、右側はピンセットの軌跡(赤が右手、青が左手)
左側がピンセットの追跡画面、右側はピンセットの軌跡(赤が右手、青が左手)
その滑らかさっていうのがJerkと言って、これもまたこの中田ワールドですよね(笑)。物理の話になりますけど、加速度っていうのは速度の微分なんです。で、その加速度をもう1回微分したのが加加速度、躍度、Jerkで、これが滑らかさの指標になるんだそうです。
そうすると、さっきの数値があるので、Jerkの変化をグラフ化できるんです。
これもまた松澤先生のオリジナルの発案なんですが、Jerkの数値が 大きいほど直径が大きくて、かつ赤い色になるっていうグラフで示してくれました。
これで、さっきそのピンセットの動きを追跡した各ポイントごとに加加速度、滑らかさが悪いものほど大きく赤く出る表示の仕方をしてくれてるんですね。
試しにこれはビギナーのバイパス術での縫合動作になります。
激しい動きがあり、いろんな軌跡を描いている、赤い丸が多い
激しい動きがあり、いろんな軌跡を描いている、赤い丸が多い
次に エキスパート(僕です)。
余計な動きがなく、赤い丸がほとんどない
余計な動きがなく、赤い丸がほとんどない
これがまさに「手術を科学する」っていう世界で。そうすると、自分より上手な先輩のことを解析して、自分を解析して比べるのも勉強になるでしょうし、自分の中でもトレーニーとしてですね、若手が2023年はこうだったけど2024年はこうなってるみたいな、あ、もっとここ、ここの動きが悪いんだなっていうことを自分で科学的に見ることができるわけです。
僕の夢は、最終的にはさらにAIが手術を分かってくれること。顕微鏡を見ていただくとわかるんですけど、要するに手術顕微鏡って接眼レンズが目にぴったりつくんで、自分の見えてるこの視野全部が術野なんです。でも操作してるのはある一点なんですね。
そうすると、特に若手たちだと、やっぱり意識がもう操作してるとこに集中しすぎちゃって、 周りで起きてることに気づかない場合があるんです。本当はもっとここを引っ張った方がいいはずだとか、あるいはここは引っ張りすぎてどこかの血管がちぎれそうだとか、それに気づかないで作業してる場合がある。
それをAIが「あ、ここもうちょっと引っ張ったら危ないよ」というシグナルを出してくれるとか、「次はここをこうやった方がいいんだよ」っていうのを教えてくれるみたいなものが出来上がったらいいなと思っています。
それは夢のまた夢かもしれないけど、でも、動き方を解析するっていう意味では、もう本当にできたに近い状態になっているので、こういうものを使って育成にできればいいなって思い今取り組んでいて、面白いなと思ってやってることですね。
手術は見て覚えろ体で覚えろの世界から、手術の言語化すなわち文学になって、それを今度は科学にしたいっていう、そんな思いです。
—7回目は「私の現在位置と未来について(後編)」になります。
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