投稿日: 2017年6月29日 10:56 | 更新:2024年1月18日5:23
■取材 山内クリニック
理事長
山内 泰介 医師
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私達の体は、「体温を一定に保つ」「体の成長を促す」といった、体の正常な機能を維持するため、内分泌系と総称されるさまざまな臓器が働いています。各臓器では、全身の細胞に作用する「ホルモン」を血中に出しています。ホルモンもまた、全身の異なる細胞に作用する多くの種類に分かれています。また、ホルモンの働きは非常に強いため、体内では必要に応じて産生されていきます。もし、大量に分泌されたり、量が不足したりすると、その関連した機能に異常をきたしてしまうのです。
内分泌系の器官のうち、最も大きいのがのどぼとけの下にある、甲状腺です。羽を広げた蝶の形をもち、左葉と右葉、峡部の3つで構成されています。日々の生活の中で、甲状腺の存在を意識することはほとんどありません。しかし、新陳代謝、心拍、体温など、人の体の多くの部分を司る「甲状腺ホルモン」を分泌する大切な役割を持っている器官なのです。
この甲状腺の機能に異常が生じたり、形態異常を生じたりする甲状腺疾患は、高齢化や検査技術の進歩に伴い、患者数が増えています。しかし症状が多岐に及ぶことから、「うつ病だと思って治療していたら、実は甲状腺疾患だった」など、他の疾患との判別が難しく、病状がゆっくり進むことが多いために看過されやすいのも事実です。甲状腺疾患にはさまざまな種類があります。そのうち、代表的な疾患である「バセドウ病」「橋本病」「結節性甲状腺腫」について説明していきましょう。
バセドウ病は、甲状腺の機能が活発になり過ぎて、甲状腺ホルモンが血中に必要以上に出てしまう「甲状腺機能亢進症」の代表例です。甲状腺疾患の中で特に治療の対象となることが多く、後述の橋本病とともに、患者の多くが女性であることも大きな特徴となっています。この疾患の原因として考えられているのが、人の体に備わっている免疫システムの異常です。何らかの原因でできた「抗体」が、甲状腺を刺激することで、ホルモンの産生を促してしまうのです。
バセドウ病の症状は動悸、多量の発汗、手足のふるえ、さらに体重減少や疲れやすさなど、実にさまざまです。こうした症状を訴えて医療機関を受診した人に対し、問診・触診に加え、血液検査や超音波検査により診断をつけ、治療方針を決定します。治療では、多くの場合は薬物療法が選択されます。甲状腺ホルモンの産生を抑える抗甲状腺薬を使用し、薬を服用しなくても甲状腺ホルモンの量が正常値で症状もない状態である「寛解」を目指します。薬でコントロールができない場合、薬物アレルギーがある場合、他の甲状腺疾患を併発している場合には、甲状腺の一部もしくはすべてを摘出する手術や、ヨードの放射性同位元素を服用して甲状腺の組織を破壊する放射性ヨード治療を行うこともあります。
バセドウ病の治療法には一長一短があります。たとえば薬物療法は寛解までにある程度時間を要し、しかもその長さが人によって異なります。再燃や副作用のリスクも否定できません。手術による甲状腺摘出は寛解率こそ高いものの、甲状腺ホルモンの分泌量が低下してしまう場合があるほか、手術による頸部の傷を気にされる方もおられます。放射性ヨード治療は、痛みもなく、くり返し行えますが、服用する不安、妊産婦への使用の禁忌、実施施設が限られることなどの短所があります。
バセドウ病と無痛性甲状腺炎との区別にも注意が必要です。どちらもホルモンの血中濃度が高くなる疾患ですが、原因や対処法が大きく異なるからです。甲状腺でつくられる甲状腺ホルモンの量が増えるバセドウ病に対し、無痛性甲状腺炎は甲状腺ホルモンを蓄える部分が壊れて放出される疾患であり、一定の期間を過ぎれば、ホルモン量は元に戻ってくれます。抗体検査を行い、バセドウ病の抗体がなければ無痛性甲状腺炎と考えられ、経過観察となります。しかしバセドウ病と区別できず薬物療法を行うと、甲状腺ホルモンが少なくなり過ぎるおそれがあります。
バセドウ病とは逆に、甲状腺ホルモンが少なくなってしまう「甲状腺機能低下症」の代表例が橋本病です。橋本病もまた、自身の免疫システムの異常によって生じる疾患であり、抗体の影響で甲状腺に慢性的に炎症が生じ、次第に細胞が破壊されてしまうのです。寒がりになる、疲れやすい、だるい、眠い、皮膚乾燥や便秘などの症状が現れますが、これらを女性によく見られる症状として見逃してしまわないことが、何よりも大切になります。橋本病によって甲状腺ホルモンが不足すると、脳の視床下部から「TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)」が産生されます。問題なのは、このホルモンが排卵障害を起こすプロラクチンというホルモンの増加をもたらすことです。それが不妊症の原因になることから、不妊治療の前に行う甲状腺検査で橋本病が発見されることもあります。
橋本病は、発症の割合そのものはバセドウ病より高いのですが、症状が出て治療の対象となるのはそのうちの一部です。治療はバセドウ病と同じく薬剤療法が主となります。この場合は不足した甲状腺ホルモンを補う薬が使われますが、患者さんそれぞれに合った量を服用し続ける必要があります。
甲状腺に腫瘤を形成する疾患を結節性甲状腺腫と総称します。重要なのはそれが良性か悪性かです。良性であれば、多くの場合は目立った症状や日常生活への悪影響はありません。悪性腫瘍も進行が遅く、予後が良好な乳頭がんがほとんどを占めています。中には、進行が早く、悪性度の高い未分化がんという種類もありますが、悪性腫瘍の1%程度と極少数です。こうしたことから、悪性というだけで極端に不安を抱くことはないと言えるでしょう。
甲状腺腫は自宅や医療機関などでの触診も可能ですが、自分自身で気付くケースは決して多くはありません。最近では頸動脈超音波検査のような他の疾患の検査や、PET検診で見つかる場合も増えてきました。治療として、良性の場合は基本的に経過観察となりますが、呼吸困難や他の臓器への圧迫を生じている場合は摘出のための手術も検討されます。悪性では手術が第一選択となります。再発や転移の際には放射性ヨード治療が行われます。なお、未分化がんは進行が非常に速く、手術ができない症例もあります。その際には、化学療法や放射線治療によってがんを抑えていきます。近年では、放射性ヨード治療で効果が少ない場合の治療や、未分化がんの治療として、分子標的薬が登場しました。がんが増殖しようとする作用や、そのために血管を増殖させようとする作用を阻害することで、がんを抑えていく薬剤であり、従来の薬剤より高い治療効果が見込めます。
このように甲状腺疾患は、一般的な症状が多いだけでなく、生活の質(QOL)を低下させる疾患から生命に関わる疾患まで幅広く見られます。自分で甲状腺を触ってみて腫れなどの疑いが少しでもあったり、今回紹介した症状に当てはまるものがあったりしたら、専門医を早期に受診していただくことをお勧めします。