投稿日: 2017年10月27日 9:54 | 更新:2024年1月18日5:10
世界最高の治療を追求するための「凡事徹底」
ラジオ波治療の普及と発展の礎を築く
肝がんの三大治療の一つであるラジオ波治療を日本へ導入した椎名秀一朗医師。現在、その症例数は世界一を誇り、国内はもとより海外からの紹介患者も多いという。肝がん治療の最前線に立つ椎名医師に話を聞いた。
■取材
順天堂大学医学部・大学院
医学研究科画像診断・治療学 教授
椎名 秀一朗 医師
それまで外科手術が第一選択とされてきた肝がん治療。そこに一石を投じる画期的な低侵襲治療として登場したのがラジオ波治療である。椎名秀一朗医師は、1999年、このラジオ波治療を日本に導入し、その普及発展を牽引し続けてきた。累計治療件数は11000例を超え世界一を誇る。
ラジオ波治療は超音波ガイド下に1.5mmの電極針を挿入し100℃の熱でがんを壊死させる治療である。治療時間は30分~2時間ほど。全身麻酔や開腹が不要で、外科手術ができない肝硬変患者や高齢者であっても治療が可能だ。繰り返し治療が可能なことも再発率が高い肝がん患者にとっては福音である。
1983年から3年間勤務した三井記念病院時代、椎名医師は日本のレベルが高い消化器分野を専門として選択した。「内視鏡で身を立てようと考えました。しかし、肝がんの患者さんが多い病院だったため、がんにアルコールを直接注入するエタノール注入療法に興味を持ち、肝がんが専門になりました。その後、第一世代のマイクロ波、そしてラジオ波へと手法は変わりましたが、基本的な技術や考え方はエタノール注入時代から積み重ねてきたものです」。
東大に戻った時には患者が少なく苦労した。「当時、東大には内科の教室が7つと、それぞれに消化器グループがあり、患者も分かれていました。私は第二内科に入りエタノール注入を導入しましたが、当時、第二内科の肝がんの患者は年間30名ほど。久留米大学では年間300例にエタノール注入を実施しており、とても競争にならない。そこで他施設では適応としない肝がんも治療できる手法を考えました」。エタノール注入では、一般的適応は3cm・3個以下とされたが、椎名医師は大型肝がんのエタノール注入に取り組んだ。複数の針を使い、針先の深さを変え、病変全体にアルコールを注入した。「治療前後の画像を見るとその効果は一目瞭然でした」。「東大のエタノール注入はすごい」という評価を得るようになった。
さらに、超音波検査やエタノール注入でカリスマ視されていた九州の先生と超音波による肝がん診断対決を行った。「どうやったら勝てるか考えぬいた結果、三角枕などを使い患者さんの体位を変えることで肝臓内の死角をなくすことに気づいたのです」。後に「巌流島の戦い」と周りからも呼ばれたこの企画で「本当の実力ではおそらく敵わなかったが、時間制限がなかったので勝負では勝った」椎名医師のもとに、さらに患者が集まるようになった。
1995年の北米放射線学会で、米国の企業が展示していた装置を見て、「これだ」と思った――それが椎名医師とラジオ波治療の出会いである。エタノール注入は1回で大きな範囲を壊死させるがアルコールの分布のコントロールが困難で確実性に欠けていた。第一世代のマイクロ波は熱で組織を壊死させるため確実性は高いものの長さ2.5㌢、幅1.5㌢の範囲しか壊死せず何度も穿刺する必要があった。「ラジオ波治療なら1回で大きな範囲を確実に壊死させることができる。エタノール注入とマイクロ波の長所を兼ね備えた治療だ」。椎名医師はラジオ波治療の将来性を見抜き、日本で使えないか交渉した。肝がん治療で実績があったため交渉はその場でまとまった。しかし、日本に代理店がなく、実際に入手できたのは1998年9月で、臨床導入は1999年2月になった。
外科の医師たちから「そんな治療でがんは治らない」と言われたこともあった。椎名医師らは実績を積み重ねることでその評価をくつがえす。ほどなく椎名医師のいた東大のラジオ波治療症例数は世界一となる。2004年には保険適用となり標準治療となった。椎名医師のもとには他施設では治療できない症例が紹介されてくるが、99.4%の症例でがんの残存を認めない〝technicalsuccess〟を達成している。「ラジオ波治療後10年の生存率を出してからは、肝切除と同等の効果があると多くの外科医も認めるようになりました」
──ラジオ波焼灼術の技術レベル全体を
さらに引き上げる必要がある──
ラジオ波は一見単純な治療であるが、それだけにむずかしいという。「明瞭に病変を描出できるかどうかは術者の技術に依存します」。他大学で治療出来なかったため紹介された症例を、紹介した医師の立ち会いのもと治療したことがある。その後、その医師から次のようなメールが送られてきた。「坐位で肋弓下から見上げで穿刺していた、と大学で報告したところ、どうしてそんなに簡単にできたのかと質問されました。しかし、椎名先生は決して特別ではなくごく当たり前に治療していましたので、説明できませんでした。プローブを強く押しつけることと体位が問題だったのかと愚考しましたが、椎名先生と同じようにできないと痛感しました」
卓越した技術でラジオ波治療を牽引してきた椎名医師は、現在2つのことに取り組んでいる。1つは国内外の医師を対象に実施している「トレーニングプログラム」だ。ラジオ波治療は全国1000施設以上で行われるほど普及しているが、その技術は外科手術以上に施設間格差が大きい。一般の施設では20~30%の症例でがんの一部が残ってしまう。そこで多くの施設で一定以上の成績をあげられるよう、講義、実際の手技を間近で見るライブデモンストレーション、症例検討を柱としたプログラムを開始した。これまで国内版は8回実施して130名が参加し、国際版は3回実施して海外から31名が受講している。
もう1つは治療機器や治療をサポートする周辺機器の開発だ。椎名医師が企業と共同開発した穿刺用プローブでは肝表面近傍の死角の問題が解決した。また、ラジオ波治療専用手術台では患者を傾けたり、立位に近い状態にしたりするなど体位を変えることができる。現在ではラジオ波治療機器への新企業の参入や新世代マイクロ波装置の登場もあり低侵襲治療は大きく展開している。
椎名医師はラジオ波治療の適応を転移性肝がんや肝臓以外のがんにも積極的に広げてきた。たとえば大腸がん肝転移の症例では手術が可能なのは全体の30%。手術ができても5年の無再発生存率は30%で、ほとんどが再発してしまう。椎名医師は大腸がん肝転移の患者にも2000年からラジオ波治療を施行し、外科手術に引けをとらない成績を達成してきた。「きちんと治療すればラジオ波で転移性肝がんが治ることは間違いありません。治療の選択肢に加えられるべきでしょう」
椎名医師が日々心掛けているのが「凡事徹底」である。肝がんの治療では根治性と肝機能の温存という、相反する2つを追求しなければならない。「がんを取り除く治療であるから、90%、99%でよいということはなく、100%焼灼しなければなりません。一方で、大きく焼灼すれば肝機能が低下します。肝切除と同じ効果を開腹なしで達成する治療がラジオ波、と考えれば決して簡単ではありません」「やはり重要なのは毎日の地道な診療です。ラジオ波の手技だけでなく、プランニング、治療効果の評価、外来での経過観察の4点すべてをきちんと行ってこそ、がん治療と言えるのです」。世界最高のラジオ波治療を支え続けてきた、非凡なる「凡事徹底」である。