• 京都府

亀岡市立病院

医師の枠を超えた
多彩な活動を展開する
脊椎・脊髄疾患治療の
スペシャリスト

赤字で苦しんでいた市民病院を、たちまちのうちに再生させた。亀岡市立病院脊椎センター長の成田渉医師は脊椎・脊髄疾患治療のスペシャリスト。近年は医師の枠を超え、診療用の器具・機器・アプリの開発、教育、地域開発など多面的な活動を展開。一挙手一投足に大きな注目が集まっている。

 ひたすら「患者さんのために何ができるか」「地域・世の中のために何ができるか」を考え、実践・行動する人生を貫いてきた。
 京都府亀岡市の亀岡市立病院脊髄センター長の成田渉医師の原点になっているのは、へき地医療の経験だ。成田医師の母校・自治医科大学は入学金も学費も無料。生活費も支給される。その代わり、研修医終了後9年間のしばりがあり、へき地医療が義務づけられている。
 京都府立医科大学での研修を終え、赴任したのは日本海に面した京都府京丹後市の久美浜病院。整形外科の常勤医は成田医師しかおらず、脊椎・脊髄、骨、関節、靭帯など多岐にわたる疾患に対して、たった一人で治療に取り組んだ。
「新米医師の大半は大病院で上司から手取り足取り教わりながら知識と技術を習得していきます。私の場合、指導してくれる人がいなかった。相談できる先輩も助手もいませんから、手術も1から10まで一人でやらざるを得ません。このままでは他の医師と差がつくと懸念し、寝る間も惜しんで働き続けました。時間をつくっては全国の有名病院を訪れて技術を教えていただき、学会で議論するといった武者修行を重ねました」
 と話す。その後、民間病院を経て、2018年7月、亀岡市立病院で脊椎センターを立ち上げ、センター長に就いた。
 センターでは年間300例以上の脊椎手術を実施、5年半(2018年7月~2023年12月)で1600件超の手術を行ってきた。

MIST(ミスト)手術なら出血は10~20グラムに抑えられる

 患者のためになることであれば、労力は惜しまない。近年、患者数が増加しているのは首、腰、手足の広範囲にわたる痛みやしびれ、脱力感、麻痺などの症状が出る頚椎症。成田医師は、これに対して低侵襲の術式であるMIST(ミスト=最小侵襲脊椎治療)を採用した。

 顕微鏡を用いて小さな切開・少ない出血・短い手術時間を実現、合併症のリスク低減も期待できる。脊椎手術の切開創は10~15センチが一般的。体への負担が大きい。MISTなら3~4㌢で済み、絆創膏の長さに収まる。手術時間は短く、出血も従来手術の10分の1で、せいぜい10~20グラム。回復も早い。

 ただ、小さな創で手術するには習熟した技術が必要で、だれもができるわけではない。たとえば頸椎の「椎弓形成術」は慣れた医師でも2~3時間かかるが、成田医師は顕微鏡とプレートを駆使して平均30~50分ほどで終える。手術見学に来た医師が「速くて、まったく無駄がない」と舌を巻くほどだ。

 通常、脊椎手術は最低2人の医師が必要だが、成田医師は独自の道具や工夫を積み重ねることで、最初から最後まで一人で手術を実施することができる。

「昨今の働き方改革や人手不足のため助手が研修医や脊椎が専門でない医師などのことも多く、思わぬトラブルにつながることがあるので一人で安全確実に手術できる方法を工夫しました」と語る。しかも、頸椎手術によって腰痛、下肢痛、こむら返り、下肢のしびれなど腰椎疾患が原因と思われた症状が改善するケースが多い。手術後の患者さんの一番多いコメントは「もっと早く手術を受ければよかった」。

 成田医師の技術の高さが評判を呼び、着任して1年もしないうちに「頚椎疾患なら亀岡市立病院」と広く知られるようになった。今や京都府内はもちろん、関西一円、遠くは九州、四国、北陸、関東などからも患者や見学を希望する医師が詰めかける。

「MISTは出血が少なく、輸血もほとんど行っていません。口コミで広まったのか、近年、輸血を禁じている宗派の患者さんも来られるようになった。他病院では断られてしまうんですね」

 着任前、亀岡市立病院は毎年赤字を出す病院だった。脊椎・脊椎手術は行われていなかった。着任後、ゼロから立ち上げて手術件数を増やし、1年で黒字化を果たした。結果的に亀岡市立病院の窮地を救う「奇跡の一手」になった。

VRは立体なので、奥行きも正確につかめる

 成田医師の活動は多面的。医師の領分を超え、診療用の器具の開発にも熱心に取り組んできた。医学博士号も自ら開発した手術器具で取得した。医療機器メーカーに足を運び、器具・機器・アプリの開発や改良に携わってきた。

 たとえば骨を削って神経の周りを剥離するダイヤモンド製のドリル。低侵襲手術は切開創が狭いうえ、海外製は日本人には大きすぎる。

「そこで日本人の低侵襲手術向けのドリルや先端をマッチ棒型にしたドリルを開発しました。術野を確保したり、骨を固定したりする器具も特別製。これらは使い勝手がよく、他院の手術にも持参しています。良い治療結果が残せているのは継続的に研究・開発と技術向上に取り組んできたからだと思います」と力を込める。2016年、指電極を利用した「神経モニタリングシステム」を開発した。指に電極をつけ、筋肉や神経を傷つけないように神経の周りを広げる治療ができる。これが絶賛され、世界的な脳神経外科の専門誌『JNS(Jounarl of neurosurgery:spine)』の表紙を飾った。

 続いて2017年にはベンチャー企業のHoloeyes(ホロアイズ)とコラボして日本初となるVR(バーチャル・リアリティー)を用いた脊椎治療を開始した。CTやMRI画像を元につくりあげた立体的な体内画像を実際の空間に映し出すことができる。

「当時、2つの課題がありました。ひとつは、さらに診療の精度をあげたいということです。VRは術前のシミュレーション、術中のガイド・情報共有、術後の患者さんへの説明などに威力を発揮します。もうひとつは教育・啓蒙、自分の経験・技術を若い先生方に伝えたいという思いがありました。VRであれば360度あらゆる角度から私の手術を見ることができます。すばらしいソリューション(問題解決)になりました」

 Holoeyesの創業者である帝京大学の杉本真樹医師と二人三脚でVR開発に取り組んできた。手術は医師だけでなく、看護師らコメディカルとの共同作業。現場にいるスタッフが同じ画面を見ることができるので、情報共有が格段に楽になった。

手術の精度も大幅にあがった。従来もパソコンのモニター上に表示されたが、モニターは2次元なので奥行きがつかみにくい。VRは立体なので、奥行きも正確につかめる。慣れていない医師でも血管・筋肉を傷つけたり、取り除くべき箇所を取り残したりといったミスを避けられるようになった。

 現在、成田医師は同社のエバンジェリスト(「伝道師」の意味)を務め、VRシステムの改良・改善と広報に力を注ぐ。

フィールドが広がりフリーランス外科医の道を選択

 医師、技術開発、指導・教育、学会活動、地域貢献と成田医師のフィールドは広がっていったが、制約の多い公務員では思い切った活動ができないため、市立病院を辞めることを決意した。

 2021年、辞意をもらしたところ、桂川孝裕亀岡市長から説得され、「フリーランス外科医」という解決策を提示された。

「安定した公務員という立場を捨てることですから、 家族は心配しました」と成田医師は苦笑する。現在は亀岡市立病院に月火水の週3日勤務しながら、木金は各地で手術指導や機器の臨床応用、地域開発などダイナミックな活動を展開する。

「亀岡市立病院では1日1食。月・水は1日あたり3~4件の手術を執刀。火曜日の外来は20時まで休みがとれません。月、火、水は夜しか食べられない。多いときは外来の患者さんは100人を超えますね。基本的に予約をお願いしていますが、飛び込みの患者さんも断りません。診察が遅れたら、重症化してしまうかもしれない。『4~5時間待っていただくことになります』とお話しし、来られた患者さんは全員診ています。置かれたとこで生い茂る。現在は、いろいろなことに関わらせていただいてますが、あえて亀岡を拠点にしているのは『地域医療を支える』というミッションが自分の根っこだと思っているからです」

 2026年の第16回最小侵襲脊椎治療学会(MIST学会)会長が予定されているなど活躍の舞台は、さらに広がる。






亀岡市長 桂川孝裕

成田先生には、2018年から亀岡市立病院において脊椎センター長として診療・手術を行っていただいており、市民の方はもちろん、市外の多くの方にもご利用いただいているところです。本市は京都駅から電車で20分と、京阪神にアクセスしやすい立地にありながら、豊かな自然も残っています。成田先生の手術を受けた後、自然豊かな亀岡市で療養していただくのは、患者さんにとりましても良いのではないでしょうか。
 成田先生には、今後ともこの亀岡の地で、その卓越した高度な技術により、たくさんの患者さんの脊椎脊髄治療に当たっていただきたいと思っています。

脊椎センター長

成田 渉

なりた・わたる。自治医科大学卒業。医学博士。Holoeyes株式会社エバンジェリスト。日本整形外科学会認定整形外科専門医。最小侵襲脊椎治療学会理事・評議員。第16回最小侵襲脊椎治療学会会長。

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編集部記者の目

なにしろスケールがデカい。成田渉医師は自治医科大学の出身。インタビューの前週に取材した尾身茂結核予防会理事長(コロナ禍で専門家会議、分科会のトップとして活躍)も自治医科大学の卒業生だった。お二人を含めて自治医科大学の出身者は視野が広く、戦略的で、行動力・実行力が抜群。守備範囲が広いうえ、守備範囲を超えた活動も視野に入れる。成田医師も多才で、医師の枠にとどまらず、医療関係の技術・製品開発、地域開発などにも熱心に取り組んでいる。

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